2018年08月一覧

8月末

かつて若い時は、毎年、8月末になるとブルーが入ったものであった。

あー、夏が終わってしまった、というものである。

夏にどこへ行ったとか、何をしたとか、、、そんなことを考えていたものである。

あるいは何も出来なかった。しなかった。

しかしながら、最近は海にも山にもプールにも行かないのが当たり前になってきた。

もちろんバーベキューもしない。

外に飲みに行くのも億劫である。

時間の感覚がおかしくなっている?

ただ生きているだけ?

それで、夏風邪?

風邪がなかなか治らないのだ。

かれこれ、二週間ほど経つであろうか。熱は下がったけれども咳と鼻水が止まらない。ついに鼻の皮膚が切れてしまった、実に痛い。

土曜日は午前中だけしか病院はあいていない。慌て駆け込む。しかしながら一時間待ちだと言われる。新聞を読んでも雑誌を読んでもなかなか時間が経たない。マッサージチェアも二回くらいやった。水も飲んだ。

もう終わったのだ。私の人生で一番良いはずであった時間は。気力体力が一番充実していたはずの時間はもう終わったのだ。

他者からの評価を得ようとして努力してきたけれども得たものは虚しい結果だけである。これからは他者からの評価はどうだって構わない。自分からの評価だけを重要視して生きていくのだ。世間的に言えばもう終わっている。人生の折り返し地点を過ぎても普通の人間が手に入れていて当然のものを半分くらいしか手に入れていない。人生の目的は楽しむことである。自分に対する評価。どれだけ楽しんだかを評価基準にするのである。

人生というのは結局遊びと学びなのかもしれない。人生の目的が楽しむことであるならば遊びはその目的に合致した最大のものではないか。もっともやっていて楽しくない遊びもあるかもしれないが。人生の目的が学ぶことであるならば苦難こそ最高の学校ではないか。「逆境の日には考えよ、順境の日には楽しめ」と旧約聖書にもある。まずは可能な範囲で人生を楽しもう。可能な範囲で学ぼう。


仕事

仕事は、まあ、それなりに出来るのだが、人間として基本がなっていない男が異動で私の隣にやって来た。

仕事が終わっても掃除をしない。嘘をつく。自分の失敗を隠蔽する。
仮に私が零細企業の経営者だったとしよう。こういう状況にどのように対応するべきか。
基本的に零細企業にはまともな人間はやって来ない。仕事が出来るならば、それでよしとするべきか。
それともケジメを取るべきか。自分が社長になったつもりでシミレーションしてみるのであるが。

人を使うことは道具を使うより難しい。

それと、昨日の夕方のことである。仕事が終わった後、ポリタンクに入れた灯油を給油したのであるが溢れてしまった。
こぼれた油は拭き取ったはずなのであるが、まだ床が光っている。油は放っておくと乾くのであろうか。
誰かが滑って転んだら、まるで漫画のようである。しかし職場での怪我はタブーである。

思えば、この職場で働き始めて何年になるであろうか。

社長は北海道出身であるが大阪に来て何十年と経つ。当初は大阪の人は怖いと言っていたが、私に言わせると社長の方が怖い。
今では大阪のおばちゃん以上に関西なファッションに身を包んでいる。
アニマルプリントは大好きな社長である。

アニマルプリントといえば、昨日、東京の仕入れ先さんが、営業に来ました。それで問題ないとは思うのですが、「商品タグ」が切れているのですよ。大阪の問屋ではどうですかね。一応、マニュアル通りに仕入をしたはずですが。。
アパレル仕入も難しいですね。

社長は現在、約1000アイテムを所有しておられるとのことですが、商品の管理はどのようにされていますでしょうか。ちなみに業者は一社のみをお使いでしょうか。やはり管理はエクセル等で行っておられますでしょうか。発注の自動更新等はお使いでしょうか。それと、取引先でアルブチンの仕入をしようとしたら、手形か現金決済か、どちらかを選択するように求められました。以前は、こんなものなかったと思うのですが、これ何ですかね?どちらにするべきなのでしょうか。

それから、やってきた多くの仕事が無駄になったようである。価値のないものを作った分だけ、きっちり全部なくなった。価値のあるものを作った分は残っている。価値の ないものは短期的には良かったかもしれないが、やはり長期的な環境の変化には耐えられなかったということであろうか。今回の出来事は多くの示唆に富んでい る。ビジネスは長期的な信頼関係が重要ということであろう。

これは顧客だけではない、取引先までも含めてのことである。


言われて初めて

言われて初めて分かることもある。育った家庭環境,あるいは民族の文化などもあるかもしれない。自分では何とも思っていなくても周囲から見ると不快感を感じることだってあるだろう。かつて包丁を持って激怒されたこともあった。言われるまで,それが普通で私が普通でないことには気付かなかった。それだけ我が家が貧しい家庭だったのであろう.
彼らの家庭はそのぶん、裕福だったのであろう.